2014年10月26日(日)泉岳寺にて開催されたシンポジウム「社寺仏閣と地域の景観」において、私たちは【泉岳寺宣言】を発しました。
私たちはこれからもこの問題について、正面から立ち向かい、守るべきものを守り、活動を拡げていく決意をここに表明します。
【泉岳寺宣言】
本日、私たちは、日本の首都東京高輪の地にある名刹泉岳寺に集い、様々な論議を経て泉岳寺の景観(普遍的な価値)が危機にあることを深く認識しました。
この地は、あの元禄赤穂事件で有名な浅野家主従の墓所として国指定の史跡となっている東京屈指の名跡です。
今回の危機は、2014年7月突如として起こりました。
事業者により建設計画を告げるチラシが、地元住民配られ、
その中に泉岳寺門前脇に高さ24mものマンション建設計画が記されていました。
泉岳寺ならびに地元住民は、ただただ唖然としました。
このままでは日本の「文化」が破壊される、と。
最近、泉岳寺のある港区高輪地区や白金地区は、山の手線の新駅建設の計画などもあって高層マンションが目立つようになってきています。
そして、残念なことに、戦後から一貫して政治家も役所も泉岳寺が持つ歴史上の重要な価値に極めて無関心であったことが災いとなり、あっさりと高さも色彩も不具合な高層ビルが乱立する地域になってしまっているのです。
また今回の泉岳寺の危機は、私たち地域住民の政治や景観への無関心が招来した人災でもあります。
言い換えれば私たちの無関心が区政に反映して明確な都市計画も景観計画もないまま、開発業者のなすがままにさせてきたことは反省すべき点です。
しかし今日、私たちは、シンポジウムの様々な議論の中から、泉岳寺が江戸時代を象徴する寺院であること、同時に太平の世となった元禄時代、「武士の一分(職分)」あるいは「武士のエートス(精神)」
という価値観をもって華と散った47人(赤穂浪士)の覚悟が、日本という狭いワクを越えて、世界中の人々にひとつの日本文化論として受け入れられていることを認識しました。
ある歴史上の一つの出来事が、300年もの長い間、封建時代と近代という大きな時代の流れを超えて、浄瑠璃、講談、歌舞伎、小説、テレビドラマ、映画などの芸能として翻訳されることの意味は何か。
今や高輪「泉岳寺」に眠る「赤穂義士の物語」は、遙か日本を越えて、広く外国にまで、「武士道精神」として受け入れられるようになっています。
これは歴史的に見てもとても貴重なものであり、そうしたものは私たちが後世に伝え残していかなければならないのです。
高輪、白金地区ではもはや景観からその歴史を顧みることが出来る地域はごくわずかです。
これ以上その破壊を許してはなりません。
この「マンション建設予定地」は、かつて国指定史跡のある「泉岳寺」の境内そのものでした。
私たちは、その価値(墓地、境内及びそのバッファゾーン)の全体を少しも損なうことなく、永久に保持しなければなりません。
そして、マンション建設などを許容している都市計画・文化財保護法などを修正しなければならないのです。
私たちは、事業者に対してマンション建設を中止し、この価値を一層増加する方向で土地利用を行うことを心から強く希望するとともに、この要請が聞き入れられない場合には、全国、全世界の泉岳寺・赤穂義士ファンにこの不条理を伝えながらマンション建設反対運動を行っていくことを宣言します。
2014年10月26日(日)
国指定史跡・泉岳寺の歴史的文化財を守る会
代表 西須好輝
参加者一同